2011年11月09日

遅ればせながら、CAPA創刊30周年おめでとうございます!!

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CAPAの創刊30周年記念特大号は9月20日に発売されているので、かなり遅ればせな感じになっちゃいましたが…

現在発売中のCAPA 2011年11月号 (10月20日発売) の P79〜100 【創刊30周年企画第2弾】 『CAPAとともに写真を愛する30人 第一線で活躍する若手写真家たち』 の中の P88〜89 「いつもCAPAを支えてくれている常連さん 若手写真家たち」 に、コメントをご依頼があったもので、発売前にうっかりとブログでコメントのフライングしてはマズかろうということもあり… っていうのもあったのですが、その11月号が発売されてからも、もう20日も経ってしまいました…

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CAPAの誌面のコメントは、スペースと文字数の関係で、あまり多くは語れなかったのですが、ここでちょっとだけ昔話をしようかな? と。

CAPAのコメントにも書いてありますが、僕がCAPAを買い始めたのは、創刊されておよそ1年ほど経った1982年11月号から。早見優さんが表紙でした。

当時僕は中一で、秋田の中学校にしては珍しく写真部があり入部しまして…
で、先輩方は一眼レフでブイブイ撮影してまして 「カッコイイな〜 俺も欲しい!!」 と。

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小学校時代、僕は授業の必修クラブというので郷土史クラブなんていう、かなり渋〜いクラブに入ってまして、その頃から記録用と称してオリンパス PEN EE-3 を持っていたのですが (当時まだ 写るンです なんて無かったですし、ハーフでいっぱい撮れるからっていう理由で…)、先輩方の一眼レフを見て憧れが強まったものでした。

たしか、3年生の部長がキヤノン AE-1 プログラムで、副部長がキヤノン A-1、他の先輩にオリンパス OM-1だったかな? (ちなみに、8歳上の僕の兄はキヤノン A-1を持っていたのですが)

写真部の年間の活動に、春と秋に行われる中学校の地域の総合体育大会の記録と称するものがあり、その時期は運動部ではないのに大義名分で授業に出なくてもよいっていうのが、そりゃ〜も〜魅力的な活動あったのですが、EE-3では望遠レンズが必要な野球やサッカーなんて撮ることはできないので、なぜか? バレーボールの撮影に配属されてしまい… 主審や副審の後ろに近づき、必至になってアタックの瞬間を撮影したのを覚えています。

当然ブレブレでしたが…  でも、中にはいい感じのブレもあり、何となく撮れた感じがしていたのですが、やっぱ一眼だよね! ってことで、本気で何を買うか悩んだのでした。

兄はA-1だし、でも兄よりもいいカメラが欲しい!!
で、ターゲットはキヤノン New F-1か、ニコン F3だったわけですが、どちらにしようか??

いや〜 悩みました。

本屋さんでカメラ雑誌に情報がないかと探してみると、早見優さんの表紙のCAPAでNew F-1の特集記事があり、思わず買ってしまったことから全てが始まってしまいました。 (笑)

当時、キヤノン派か? ニコン派か?? なんて熱く焚きつけていた時代でしたね〜

結局、僕はキヤノン NEW F-1 アイレベルファインダー + New FD 35〜105ミリ F3.5 + AEパワーワインダーFNのセットを購入しました。

で、CAPAを購入して読んでみると、先輩から教わった現像方法が超いい加減だったことがわかり、また現像データを参考にしたり、あと手作り企画を自分でも作ってみたり… なんてね、いろいろやりましたよ〜

あ、1000ミリマンに憧れ? て?? 友だちを人間三脚にしたり…  (←知ってる??)

唯一残念だったのは、当時撮影会とかのイベントが秋田に来なかったことですかね〜 (笑)
まあ、イベントはその後上京してからいろいろなイベント (アンダー・ザ・スカイとか写真名人とか… 懐かし〜!) に参加することができたのですが。

それはおいといて、そのころ (中学生の頃) から “将来の夢はカメラマン” なんて漠然と考えていたわけですが、CAPAの写真やカメラ関係の学校紹介特集なんていうのを参考にしたことを思い出します。

まあ、日芸 (日本大学 芸術学部) に、2回もコケちゃったので、日写芸 (日本写真芸術専門学校/通称:渋谷の学校) にはなってしまいましたが、それでも当時CAPAにガンガン出ていた竹内敏信先生に憧れ、先生のゼミを受講したい! と、日写芸への道を選びました。

結果、竹内先生のゼミに入ることができ、厳しい教えにも耐え? (←オイオイ) 最優秀賞ってのをもらって卒業したのですが (←自慢かよ!) あまりにも先生への憧れが強かったもので、昔もそうですが、いまだに先生の前に立つと緊張しちゃって、うまくしゃべることができなかったりして?!

実は当時、CAPAの編集部は渋谷の学校の近所にあり、さらに当時の編集長様が渋谷の学校で授業を持っていたこともあり、CAPAのアルバイト (通称:馬車馬) もやっていました。そのころから、CAPAの読者から徐々にスタッフ側へと変わっていくわけなんですね〜 懐かしいですね〜

まあそういったことがあり、一瞬だけCAPAの編集者見習いにならないかい? なんて話しもあったのですが、竹内先生から 「お前、朝日に行け!」 という一言で一蹴され、朝日新聞社の出版写真部委託カメラマンへとフリーカメラマンの道へと転がっていくわけです…

あ、New F-1は、写真学校時代にEOSに変わってからもしばらく使い続け、朝日の3年間もT90と一緒に駆け抜け、いろいろなシーンで常に一緒でしたよ。皇太子徳仁親王妃雅子さまのお宅の前での出待ち入り待ちとかね。

で、朝日の3年目の時にCAPAで初めてカメラマンとして紹介してもらったり、朝日を卒業してから出戻りのような感じ? でお仕事をいただいたりなんていう感じで現在の僕があるわけなんですね〜

朝日を卒業したてのころは、「西村君は報道系だよね?」 なんて言われたりしてましたが、まあ僕は根っからいろいろな写真を撮りたい! 撮っていきたい! と思っていたし、何でも撮れるから、撮ることができるからプロだと思っていたし、それはいまだに変わらない気持ち。

たしかにいわゆる報道系もかじってたということもありますが、朝日といっても雑誌の方の写真部でしたので、取材モノや人物からスポーツ、物撮りまで、ありとあらゆる撮影を体験させてもらったことで、いろいろな撮影現場に行けるということが好奇心を刺激するところだし、最高に楽しいな〜 なんて。 

物撮りも見よう見まねで覚えたのですが、諸先輩方の撮影方法も目で盗んで覚えたり、あと取材でいろいろな写真家の方々が撮影している状況写真を撮るのも勉強になっていいんですよね〜

当時はフィルム時代でしたから、朝日のときもそうでしたがCAPAでも、たくさんのフィルムを使わせてもらえる環境で仕事ができたことが、今でもカメラマンを続けていれる基礎になっているのだと思います。

いつの間にかCAPAの読者から、取材モノから物撮りなど、ありとあらゆる撮影をやらせていただいているスタッフ側にかなり近いところにいるカメラマン? として、今では特集のトビラ写真 (自称:トビラ職人) やムックの表紙など重要な写真を撮らせてもらえるくらいまで成り上がり? 撮影テクニックやカメラの解説記事なども執筆するようになってしましたが、これからも読者としてもスタッフとしても刺激を与えてくれる雑誌であって欲しいなぁ〜 と願っております。

あとCAPAの仕事でやっていないのは… CAPAの表紙かな?!  …な〜んてこといちゃうと業界に居れなくなるかもしれないのでご内密に。

あ、各メーカーさんのカメラムックの物撮りとか、表紙とか、作例とか、タイアップの撮影とか、撮影会の状況とかの撮影もしてますが…  そういえば撮影会とか講習会とかの講師役ってのは、まだお呼びがかかってないかな? と。

特に…  CAPAの読者の歴史とほぼ同じくらい、ずーっとキヤノンさんのカメラを使い続けているのにな〜 なんて、ひとりごとですよ。ひとりごと。

まあ、話が長くなっちゃって…
写真を始めたカメラはEE-3。
僕が今カメラマンでいるキッカケになった雑誌はCAPA。
そして、カメラマンを目指したカメラはNew F-1ってことで!  (どんな〆じゃ!!)

今日の写真は、大切に保存してあるNew F-1の購入時のセットとEE-3で!!
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posted by 西村春彦@猫 ☆ ニャン太郎 at 20:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 【日記】